流通・貿易のデータ活用
最適化のテーマは揃うが、見えない制約が成果を止める
流通・物流の領域は、在庫管理、需要予測、発注最適化、シフト最適化、ルート最適化といった、最適化によって改善しうるテーマが数多く並ぶ領域です。一見すると解決可能な手段が揃っているように見えます。しかし実務では、定式化に含みづらい制約や、担当者のみ把握している見えない制約が数多く介在し、AIによる最適化をそのまま導入しても成果に結びつかないケースが少なくありません。
需要予測の要求予測範囲は、人を手配するリードタイムから逆算して決まる
最適化の軸となる一つの要素は小売・サービス業と同様、需要予測です。未来の取扱量が定まれば、人員も車両も庫内の配置の際に参考にすることができます。例えば、大手宅配事業者では、全国数千の拠点を対象に3〜4か月先の1日あたりの荷物量を誤差数パーセントで予測し、その結果をシフトと配車の計画に用いる取り組みが公表されています。ここで着目すべきは予測幅が3〜4か月に置かれている点です。翌日の量を的中させても人員は確保できないため、人を手配するリードタイムから逆算して予測の期間が決められています。
シフトも配車も、判断を置き換えるより支える道具として設計するのが現実的
シフト最適化は、需要予測結果の筆頭の活用先にあたります。前段で必要な人員の質と量を予測し、後段でそれを資格や希望休、労働時間の上限といった制約のもとで実際のシフト表に変換します。しかしここにも難所があり、例えば「この作業を担えるのは資格を持つ3名のみ」「この2名は同一の班に配置できない」といった現場の暗黙のルールが制約に反映されていない場合、生成されたシフト案は直ぐには採用されず、結果として手作業での組み直しが生じます。加えて急なシフト変更の依頼にも対応し続ける必要があり、更に最適化問題そのものを解く難しさも残ります。配車とルートの最適化についても同様で、最短の経路をAIで一方的に算出して担当者の判断を置き換えるというよりも、担当者の判断を支える道具として設計するほうが、この領域では現実的な着地となります。
庫内のデータ活用取り組みの上限は、導入済みWMSに依存する
庫内の業務においては、WMSとのデータ連携の可否が取り組み可能な範囲を制限します。多くの現場では、すでに何らかの在庫管理ツールが導入されているケースがほとんどで、そこからどのデータをどの粒度で取得できるか、そもそもデータを取得できるかによって、実現できることの上限が決められてしまいます。小規模に着手する取り組みの多くは既存のWMSに接続する形をとるため、そこで一定の妥協が生じます。本格的にデータ活用を進める場合には、WMSそのものに手を入れられる状態が理想であり、これは人材領域において採用管理のシステムを改修できるかにかかるのと同じ構図です。
データが取れれば、スロッティング分析で動線を短縮できる
一定のデータが取得できた場合、例えばスロッティング分析が挙げられます。スロッティング分析は、どの棚にどの在庫を配置するかを出荷実績から組み替えるもので、出荷頻度の高い商品を主導線上に寄せることでピッキングの動線を短縮することができます。当社でも実証実験まで進め、一定の成果を得た事例があります。
社外の市場データを掛け合わせると、受発注の判断が変わる
社内データに加え、社外データを連携する取り組みもあります。在庫管理ツールが保持するデータと、外部のオークションデータのような市場のデータを組み合わせて分析することで、受発注の効率を大きく改善した事例がありました。自社の在庫管理ツールに含まれるデータを受発注の意思決定に活用できる形で再構成し、かつ市場データを掛け合わせることで発注の判断を改善しました。
記録が紙のまま残る限り、上流の予測は育たない
実績を電子的に記録する工程は、取り組みのハードルは高いですが効果は大きいです。大手宅配事業者ではAI-OCRによって伝票処理をデジタル化し、1か月あたり8,400時間の作業を削減したと公表されています。留意すべきは、これが省力化の施策であると同時に、伝票から得られた配送データをサービス向上や配送の効率化に用いる、データを生み出す施策でもある点です。前段の予測が過去数年分の実績データによって成立していることを踏まえると、記録が紙のまま残る限り上流の予測は育たないという関係が浮かび上がります。
ベテラン担当者の脳内工程をデジタル化することが、効果の得られやすい
流通・貿易は、小売・サービス業と同じく多くの拠点を抱える企業が多く、全社横断的なデジタル化の難度が高い領域です。加えて、人材・採用領域と同様に状況が瞬間的に変化するため、最終的な判断が属人的に委ねられる場面が残ります。そのなかでは、人の意思決定を置き換えるのではなく支える道具として設計すること、そしてベテランの頭のなかにある仕事をデジタル化していくことが、現実的でありながら効果の得られやすい方向であると考えられます。